東急電鉄+東急不動産による沿線のエリアマネジメントには歴史がある

東急電鉄+東急不動産による沿線のエリアマネジメントには歴史があるのです。
そもそものルーツは阪急の小林一三が始めた鉄道事業+宅地開発。
これを東京に持ち込んだのが東急電鉄。実際に小林一三も手伝っており、阪急の関東版というのが東急なのです。

Yahoo!より、
東急沿線を不動の人気エリアに育てた「進化するブランド戦略」
1/5(土) 6:00配信 ダイヤモンド・オンライン
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190105-00189881-diamond-bus_all&p=1
記事より、
・首都圏の主要な私鉄グループは、いずれも沿線住民の生活
・東浦氏が「まちづくりデベロッパー」であると主張する東急電鉄は、沿線の住宅地の開発や、住民の暮らしの充実に注力してきたようだ。そのことが、常に住みたい路線、駅などのランキング上位を占め、いわゆる“東急ブランド”を確立する要因となった
・東急電鉄の正史では、同社の前身が1922年設立の「目黒蒲田電鉄」と位置づけられている
・4年前の1918年に、渋沢栄一が「田園都市株式会社」を設立している。東浦氏は、この会社こそが東急電鉄の起源ではないかと考えている
・田園都市株式会社は、1922年に現在の東京都目黒区、品川区、大田区にまたがる「洗足田園都市」の分譲を開始。同年に同社の鉄道部門を独立させるかたちで目黒蒲田電鉄が設立された。
・つまり、東急電鉄は田園都市の開発が当初の設立目的だった。そして開発した土地の住民の利便性のために鉄道が敷設された。都市開発→鉄道の順番なのだ
・おそらく「田園調布駅」は、まちづくりの一部として鉄道が計画されたため、街の中心として機能しているのだろう

何がつまりなのか意味不明だが、鉄道敷設などやろうと思ってすぐにできるわけがない。
鉄道とはその線路を延々と伸ばさなければならないため、そのための土地を買収する必要があり、その計画は単なる宅地開発よりもはるかに壮大な計画だ。
決してまちづくりの一部で鉄道を計画するということではなく、全く逆で、鉄道の敷設をするためには不動産開発による資金が必要だったために先に不動産開発としての田園都市の開発をしただけ。沿線全体を「まち」として捉えているのだ。
都市開発から鉄道ではなく、鉄道のためにまず団地開発で利益を得たということだけの話だ。経営を考えれば当たり前。また、鉄道事業を考えるには当たり前のことなのだ。
そもそもの東急電鉄のルーツは阪急であることも知らないで、ロクにネットも本でも調べないで適当に書きなぐるからこんなことになるのでしょう。
エリアマネジメントの原点は阪急にあり、それを関東でも展開したのが東急。
これはエリアマネジメントを知っている人間からすれば常識なのです。
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